イケメンの龍神様のことですがそれがホントに龍神様なのか
私にはわかりません。

葦原瑞穂氏が書かれ「黎明」から以下引用します。

影の勢力が自分達を神や天使、あるいは大師や
進化した宇宙人のように見せ掛けるのは、
彼等のいつもの商売道具ですが、
アストラル・レヴェルの霊視能力を持った人に対しては、
輝く百光のオーラを放っている、自分達の偽の姿をヴィジョンで見せたり、
反対に光の側の指導者が、まるで影の勢力であるかのように見える
ヴィジョンを造って見せて、不信感を持たせたり、
本人に霊的確信と錯覚するようなエネルギー体験や、
偽物のインスピレーションを与えることさえできるので、
識別は大変に難しいことを知っておいてください。

波動的には、エネルギーは強いものの、
何かしら陰鬱で不健康な感じが付き纏っていることがあるので、
それを感じたときには疑ってみた方が賢明でしょう。

一般によく誤解されているような、恰も魂のグループによって
光と影の役割が決まっているかのような解釈をすると、
色々と事実にそぐわない問題が生じてくることになりますし、
解脱していない魂が、不調和な表現を「自分の役割」等といって
肯定してしまったりすれば、自由意志による進化や向上のための努力を
止めることになってしまいます。

従って、自我意識による利己的で不調和な表現を「影の勢力」、
普遍意識の愛の表現を「光の勢力」と定義した方より
問題のない視点と言えるでしょう。

魂の系列によって光と影の役割が決まるのではなく、ひとりひとりに
普遍意識に因る光の表現と自我意識による影の表現の
どちらも選択できる機会があるということです。

この記述を以前に読んでいたので今回もどうなんだろう?
って気がしてしまいました。

ただ、もし、偽物なら、もっと威厳のある言い方や、
威厳のある格好のビジョンを出すのではないかとも思ったりします。

あのガラの悪さやファンキーな格好のビジョンの方が反対に
本物っぽいって感じもします。
でも やっぱり100%は信じられませんが。。

ただ それが龍神様であろうが、それを語る存在であろうが
語った内容を重視したいと思います。

こないだ出てきてくれた彼の言葉
「光が強い奴が俺を呼ぶと闇が出る。
闇が強い奴が持つと光が出る。」
を考えていました。

もともと誰もが光と闇を持っているのでしょう。
光の仕事、たとえばスピリチュアルなことを始めて
最初はいい感じなのに途中から変わってしまう方が多いような気がします。
最初は自信もないから謙虚だし、純粋なのですが
利益に走ったり、自分はえらいというエゴに走るとおかしくなります。
それって光が強い奴が俺を呼ぶと闇が出るってことに
当てはまるような気がします。

よくスピ系のことを始めるとどこかの段階で
魂の闇を経験するとかも言いますが
それも同じかも。

闇とは欲だけでなく、恐れや、疑い、心配などの
ネガティブな感情すべてだと思います。
私自身一時期サイキックアタックという恐れを抱いていた時期があって
せっかく作ってもらったホームページを
公開するのをやめようかと真剣に悩みました。
自分に対する疑いも強く、今までも自分のも含めて他の人の潜在意識から
自分を信じなさいとよく言われます。

スピリチュアルな能力のある方で どれだけ サイキック能力があるかで
上下ができるところもあるでしょう。
自分がすごいって思った瞬間、すごくないかもしれないという恐れもでるし、
そうなると守りに入ったり、他を攻撃することで
自分の正しさを証明しようとしたり。

宗教も光の世界のはずだけど
神の名のもとにどれだけの人が殺されたかって考えると
それも闇が出るということなのでしょう。
革命も 最初は正義から始めても 
途中から内部対立するのはよくある話だし。

闇の世界とまでいえなくても 
ビジネスの世界は大きな意味では欲の世界なので
闇に分類されると思います。

だから ビジネスの世界の人が社会に奉仕したり、貢献したりすることは
その人の光が出るのかもしれませんね、

ある潜在意識は光も闇も同じだといいました。
どちらもエネルギーで波動が高くて軽いものが光で
低く、重くなると闇になるって。
なのでいい悪いではないって。

また 一瞬にして私たちの波動は高くも低くもなるとも。

まあ 今のところ 大体すべての潜在意識はネガティブなことは言わないし、
愛のある表現をするので光の側なのかなと思うのですが。。